レモンジュース・ダイアリー(1)/由比良 倖
 
ね」
「まだ何も言ってないよ」と壁越しに聞こえた。「ちょっと待って」
音が止んだ。風はまだ鳴っていた。

僕はぼうっとしている振りをした。頭が痛かった。大抵楽しい振りをすると気が滅入る。レモンジュースを口に含んで、錠剤を飲み下す。
頭の中の雨。その隙間から透子の声。「ねえ」
「君の部屋って人のにおいがしないね。プラスチックと、人の会話の、何というのかな、影みたいなものを感じる」
「ぼくがここに入ってどれくらいになる?」
僕は喉がつっかえるのを感じたけれど、それは飲み下せる類のものでは無かった。
「さあね」透子はくすくす笑った。「それがそんなに重要?」
僕は噛みかけた親指を、下に
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