日向の本/服部 剛
 
函館山の麓(ふもと)で腰を下ろし
遠い山間から、昇る
夜明けの太陽に瞳は滲み

ぼくは呟く。
――ほんものになりたい、と。

積丹半島の神威岬に、独り立ち
遥かな楕円の水平線に、目を細め
全身を風に包まれながら
最果ての夕陽が
雲間から顔を出した時

ぼくは呟く。
――長い間纏(まと)った職を脱ごう、と。

旅から帰り
所長に辞表を、手渡した。

その夜ぼくは、散歩した。
裸の魂に
不思議な風は吹き抜けて
ぽつん、と光る街灯の方へ
歩調の音を、刻みゆく。

  *

〈或る夜の夢〉

あなたの名前が題名の
一冊の伝記を
窓から吹く風は、捲り

ましろい頁の上に
浮かぶ万年筆は
自動筆記を、始めます  





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