春の屋形船/服部 剛
 
はらはらと…桜舞う
花冷えの夕空の下
隅田川に浮かぶ、屋形船。
賑わう船内に
三味(しゃみ)の音は鳴り

柱の影で
芸者は男に、酒を注ぐ。

少し離れた柱に凭れ
旅人は独り
お猪口(ちょこ)で悴(かじか)む両手を、温める。

遠くには、朱色の五重の塔が
身を赤らめつつも、天を指し
頬の火照る旅人も、目を細め
吾妻橋の遙かには
いとも小さい富士の山

酩酊(めいてい)舟は、夕凪にゆれ
芸者の頬を過ぎる
ひとひらの花

旅人は熱い酒をぐいと、飲む――。
この世の夢に酔うように。  





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