指先の森/あおい満月
指先で、
するすると水面を辿っていく。
水面は指先の森だ。
いくつもの指が、
滑った痕がある。
指紋が重なって枝になる。
いくつもの記憶の羅列が連なり、
あたらしいいのちをつくる。
指先の森に、
まだ真新しい顔が映る。
赤い艶やかな果実をふるわせた、
誰かのくちびるだ。
いくつもの顔が映りこんでは出ていった
森はどこにでも存在した。
たとえばこの右手が持っている匙の底でさえ。
森は、
映りこんだものしか描けない。
そのブラウスの奧にひそむ、
ひみつの丘はそのままに。
指先は想像する。
滑り込んだ記憶の迷路に咲く花は、
どんな香りがして、
蜜はどんな味なのか。
夜がくる。
水面に映る指先の森は、
静かに目を覚ます。
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