真空海域、球体遭難/北街かな
 
かつて海なんてどこにもなかったよと喋る岩が言った

かつて心なんてどこにもなかったよとトカゲが言った

かつて、共感なんてどこにもなかったから孤独な主体なんてどこにもいなかったよと灯台下の藻がめくれて
つぶやいてばらけた

めくれた藻を取ろうとした意味のない手が海に落ちていった

それまでの人生とまるで脈絡のない死のなかに
生前のなごりが形づくられていく
泡のなかに遭難したきみは体のありかを忘れた
海は空になり
泡のひとつひとつが眼になった

そのとき君は、世界中の空と雲をいちどきに見たのだろう
海面に到達して苦しそうに弾けるときに
海も空も地表も雨模様も
さく
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