◎静謐の繭/由木名緒美
 
鳶(とんび)が鳴く
空の遠心力を中和した
深い谷で

静けさは声を出すことができない
涙のこぼれ落ちる音
静止衛星の摩擦音

「だから」と黙すあなたの終止符は
どんな孤独より明確に
記憶の回廊に栞を挟み込んだ

書物の頁が捲られる度
筋書きは即興を演じ続ける
太陽が中点に昇り
影が直立に穿たれた時

雷雲は西風を犬のように引き連れ
大気の透間を浸食していく
夥しい雨滴にさらされて
悦びの声を上げるこの身体は
葉書に滲むインクのように溶けはしないのに
濡れそぼった皮膚はかたくなに震え
滾る熱を保とうとする

すべての生き物が瞼を伏せれば
透明になれるこの存在を
懐疑の懐に匿って

溶ける足音 進む距離に
死人(しびと)にはなれないこの鼓動が
何かに抗うように
静謐の賛歌に応え続ける
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