世界/鷲田
 
吹いていた。人類が初めて愛しあった時、風は吹いていた。人類が初めて殺しあった時、やはりそこでも風は吹いていた。人類が初めて死んだ時も、風は吹いていたのだろう。私達は風に流され、風の沈黙に自らの運命を委ねている。風の匂いは季節のリズムを、そして、都市の風景を語る。感情の形を、未来の形を、過去の形を、愛おしさの形を、後悔の形を、蒼い空の上空の白い雲の気体に乗せながら。

私達は見えない事象に対して今日もやはり盲目だ。目が可視化出来るのは社会という現実の物体だけである。物体という結論だけである。だから、私達には色が必要なのだ。色と言う物語が必要なのだ。過去の物語が新たな色彩を語る頃、世界は、そして未来はきっと一変しているだろう。それは私の期待であり、その期待を私達は希望と呼ぶ。
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