ナイフ/あおい満月
 
驟雨になって過ぎていく時間の中で、
詩を書かせてくれないか、
誰かが囁いた。

誰かの声は確かに、
黒いペンで、
と言ったはずなのに、
私は赤いペンを背中から差し出す。
私は赤いものばかりを人に差し出してしまう。
けれど、
本当は私は、
赤いものなど一つも持っていない。
持っているものは、
いつも鈍色の腐りかけた野菜の切れ端だ。

*

野菜たちは唸る。
もっと書けもっと書けもっと書けもっと書けもっと書けと。
そして後ろから追いかけてくる風に乗って、
もっと吐けもっと吐けもっと吐けもっと吐けもっと吐けもっと吐けもっと吐けと、吐瀉物を窓を叩き割って雪崩れ込んでくる。
私は為す術もなく立ち竦む。
からからに乾いた
私の口のなかの唾液たちが、
解読不能の暗号をくりかえし刻む。

**

私は、
ひとのかたちをしながら、
いろいろな動物になる。
私になった動物あるいは、
動物になった私は
脳裏の迷路を往来する。
けれど、
動物は、
時間の陰に立ち止まる。
ぴん、と、
鋭利な耳をナイフにして
研ぎ澄ませながら。


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