狡猾な力/あおい満月
手を握りしめたまま、
遠く海の彼方から
やってくる風を待つ。
風は、
あらゆる氷山を突き破り、
たったひとつだけ、
この指に絡みついてくる。
このたったひとつの風は、
幾多の激流を乗り越えた、
さかなたちが残した鼓動する
未来の願いに似ている。
*
風が風を映す鏡を素通りして、
目という耳に、
耳という鼻に入り込んでくる。
きな臭い風の雑踏のなかに、
不動な眼差しを見つけるには
指先ほどの狡猾な力がいる。
さかなはあらぬ方角から、
いつもまっすぐにこちらを見ている。
**
誰かが私の口を塞ぐ。
(しっ!静かに。声を出しては
いけないよ)
風のなかで風になれない
さかなたちは、
あやうさを切り札に、
土のなかで獲物を狙うハンターのように
警戒をしている。
何かを見つけた。
それは甘い蜜だ。
さかなは私にくちづけをする。
抱擁は望まぬかわりに、
私の唇についた蜂蜜だけを
絡めとっていく。
非在との共存を望むさかなたちが
今日もまた風にひそみながら泳ぐ。
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