歌はもう歌わないと決めたけど/夏美かをる
 
こともないまま
季節は目まぐるしく流れ去って
再び風が薫る頃 君はまた転校していった
後から噂で聞いた
君の転校先は養護学校であること
君は筋ジストロフィーという病気であること

君と偶然再会したのはそれから一年後
母に連れて行かれたチャリティコンサート
その舞台の上に電動車椅子に乗った君の姿
五曲めに訪れた君のソロパート
天井を貫き天空へと真っ直ぐに伸びていく
澄みきった君の歌声   
もうすぐ失われてしまう君のボーイソプラノ
初めて聞く君の声
ああ、君、君は“歌声”を持って生まれてきたのだね
硬直していく体中の筋肉に 残された力の全てをたぎらせて
絞り出された
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