言葉の廃棄物/天竺葵
 
凡庸な言葉の花束に
なんの価値があるのだろう?
いくら集めたところで
枯れてゴミになるだけじゃないか

そんなことを考えていると
自分のペン先から流れ出ているもの全てが
所詮ゴミ処理場直行な気がして

大抵の言葉は消費されゆく
そんなことはわかっている だが
消費されることもなく廃棄される言葉の
気持ちを考えたことはあるか

花束にもなれず枯れてゆく
この言葉たちに
なんと声をかけてやればいいというのだろう
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