尊厳/たけし
蝉がひっくり返り動かなくなっていた
マンションエレベータ前のコンクリート床の上で
僕は危うく踏みつけるところだった
何もこんな殺風景な所で死ななくても
僕はそう思いながら摘まみ上げようとした
バカが!いずれ踏み潰されちまうぞ
けれど手を伸ばし掴もうとした瞬間
蝉がクルッと反転し黒く丸い複眼で無表情に僕を威嚇した
深い沈黙のうち
毅然とした一つの個体生命の唸りが聴こえた
僕と蝉はその場で対峙したまま
僕は瀕死の蝉となり
蝉は独りの僕となった
その瞬間
蝉は激しい勢いで飛び立ち
陽光を浴びたマンションの白い外壁に衝突し
落下していった
唖然と我に返った僕を取り残したまま
戻る 編 削 Point(11)