あの人/あおい満月
一本の消えた蝋燭を残して、
あの人は消えた。
残ったものは蝋燭と、
色褪せた指輪たち。
あの人は完全に脱け殻になった。
あの人は完全に写真や切手になった。
私は今を探して
必死に埃を振り払う。
あの人の体温を消すために、
井戸水のように
冷たいシャワーを浴びる。
髪の毛の先から、
肌の毛穴から
あの人が流れていく。
(もう、これでいい)
そう思いきった瞬間から、
私はあの人との記憶を書くことを決めた。
空は、
八年前の夏と同じような
湿り気をおびた
鈍色だった。
夏草の上に線を引いて、
ここからが、
俺たちのスタートだと、
手をとりあったあの左手は、
ぬるい汗にまみれていた。
血によく似た、
赤い、熱い記憶。
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