なにもない/Seia
 
耳もとに一羽、その
後ろにもう一羽、その後ろに、その、そして
ずっと後ろにちいさく、6時間待ちの看板を
持ったバイトの人がめんどくさそうに、イン
カムを付けてどこか遠くから指示を受けてい
る、はい、はいすいませんはい、中空に向か
ってお辞儀をしながら、はいお疲れ様でした、
両肩を掴まれて引っこ抜かれたあとの第一声
は、で、どちらにするの?でした、いつの間
にか左手に握られていた金のオノはリモコン
に変わっていました、それにします、その、
リモコンに、声が泉の主に伝わるまで何秒か
かったでしょうか、波形が伸びきる前に、わ
たしはリモコンをつかんだまま、こわれたテ
レビにむかって電源ボタンを連打していまし
た、つかない、つかない、わたしの口はぱく
ぱく、わたしを置いてけぼりにして話してい
ます、ボタンの文字が摩耗して薄くなったこ
ろ、もう、おさなくていいよ、うさぎの声が
わたしの口から聞こえる、もう、おやすみな
さい、なにもない夜に、なにもなかった夜に、と。
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