さよならとありがとうを/ららばい
 
どこかから迷い込んできたカブトムシは
黒々とした鎧に似合わない
くにゃりと甘い匂いがした
冷蔵庫にキウイフルーツがあったので
それでも与えて手なずけてみようかと思ったが
私の手のひらに収まらず
二の腕をがしがしと上るそいつを見ていたら
どういうわけか

深夜の気怠さの中
二の腕にそいつをひっつけたまま
サンダルをつっかけ
青臭い川原まで下りていく
名前はよく知らないが
そいつと同じような匂いのする
丈夫そうな木の根元にそっと離すと
自由になったはずのそいつは
自由になった故か固まって動かず
どうすればよいのと問うているよう

守ってあげられるのはここまでで
あとは自分で上るんだ
やぶ蚊に喰われながら
しばらくぼんやりとそいつを見つめる
外灯の光に照らされたそいつは
木にしがみき
初めて呼吸をするように
少し上下した



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