春(改)/浩一
 
指はきれいなの?
と少女は言った。
お父さんに悪いわ
とも彼女は言った。

少年はなにも応えず
黙々と
決められた作業をつづけた。

闇のなか 荒々しく誰かの逃げ去る足音がした。

少年はそれも気にせず
黙々と
決められた作業をつづけた。

しだいに荒くなる 彼女の吐息が
あたりの静寂を支配していた。

夜の匂いが たちこめていた。

そして
とうとう
彼女は、
主人に打ち据えられる犬のように声をあげて
我慢しきれず
鳴きはじめた・・・

ともすれば昏倒しそうになる少女を
少年は
ひっしで抱き支えていた・・・

あれ
から
何十年
経っただろう?

今頃になって 少年は
ときどき 遠い目つきになることがある。

あの子は今どうしているだろうか?
元気にしているだろうか?
ちゃんと嫁にいけただろうか?
幸せにしているだろうか、それとも・・・
などと。

指はきれいなの?
と少女は言った。
お父さんに悪いわ
とも彼女は言った。
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