日々の味わい/服部 剛
六本木の美術館に、足を運び
蕪村の水墨画の風景で
「東屋に坐るひと」が聴く
滝の音に――耳を澄ます頃
ポケットに入れた携帯電話がぶるっ…と震え
展示スペースの外に出て
「もしもし」と、僕は言い
「『風』の原稿のことだけど…」
と、恩師は語る。
小さい画面には
妻からの着信もあり、折り返して
「もしもし」と、僕は言い
「臨時収入が入ったわよ!」
と、興奮気味に妻は報告する。
(これでしばしは…やっていける)
ほっと胸を撫で下ろしつつ
美術館を出て、珈琲店に入る。
向かいの席で、結婚前の男女が
互いの瞳をみつめ語らい
隣の席は、大学生等が
サークルの話で盛り上がり
店内は、ご機嫌なヴァイオリンが
BGMを詩(うた)ってる。
――今日という日は、二度と無い…夢
ふいに、そんな予感が芽生え
ゆっくりカップを
口に運び
焙煎珈琲を、僕は啜った。
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