あの人だった人/宣井龍人
今日もひっきりなしに飛行機が通る
あの人だった人が外を眺めている
「沢山通るね」
あの人だった人は無言だ
体の何処からも表情が消えている
きっと見えないものを見ているのだろう
部屋を見渡せば
沈黙が申し訳なさそうに腰掛ける
一昔十年前だったか
手術を受けてまもなく退院する時だった
リハビリから戻ったあの人は外を眺めていた
窓からは着陸する飛行機が列をなす
飛行機の下には街のカラフルな人間たち
張り巡らされた血管を駆け抜ける自動車たち
「沢山通るなあ」
あの人は世の中の匂いを嗅いでいた
ベッドに置かれた人はあの人ではない
大好物の挽肉入りの厚焼き玉子
あの人は居候のようにそおっとつまんでいた
「もう食べないの?」
問い掛けに黙って目だけが頷く
あの人だった人が頷く
私は思わず窓の外に目を逸らす
今日もひっきりなしに飛行機が通る
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