無言歌/
服部 剛
夜――母が机にそっと置いた麦酒を呑み
頬を赤らめた兄はじっ…と目を閉じ
向かいの席の母もまた、面(おも)を上げ
兄を見つつも…掌で涙を隠し
傍らに坐る、幼い私は泣くまじと
兄を歌で送れども
くちびるの端の震え、ままならず
三月(みつき)の日々の過ぎた後――正午の戸は開き
渡された、たった一枚の紙
玄関の母の背中は、今もなお
年老いた私の胸に…灼きついたまま
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