Another Kiss/佐々宝砂
一杯のお茶と読みさしの本と
夫と娘の寝息と膝のうえの一匹の猫
それが私には相応なものなのだと
私は知っていたしまた満足もしておりました
そんなとき
それは私の額に堕ちてきたのです
祝祭も戦争も宗教もない国から
恋も家族も不倫もない時間から
味噌汁も指輪も酒もアイロンも選挙権も
一切無関係な次元から
それはまっすぐに堕ちてきて
私の頬をさっとかすめたのです
でも
かるく首をよこにふって
いまはだめ まだだめ
とつぶやくと
気配は消えました
それでどうなったかってあなた
それから長い長い年月が過ぎました
夫は十二年前に逝き
娘は四年前に嫁ぎ
私は白髪頭の婆さんになって
今でも信じて待っているのですよ
ええ今度は
くちびるに堕ちてくるでしょう
きっと
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