貝殻の記憶/小川麻由美
 
貝殻を耳に当てると
遠く 波の音が聞こえる
貝殻にたくさんの
波の音が記憶されてるから

貝殻を耳に当てると
記憶を共にできる

貝殻が聞いて来た音

海水浴ではしゃぐ人々
浜辺で犬の散歩をする婦人
喪失感に耐えかねて
海原に向かって叫ぶ者
月夜にウミガメが穴を掘り
卵を産み落とす音

昔は貝だったが
今は貝殻になった

貝殻は宿主を
その頑丈な体で守って来た
宿主を失くし
空き家になった貝殻

二枚貝はお互い別れを告げ
巻き貝は無限を孕んだ

貝殻を耳に当てると
過去からの音が聞こえる

貝殻は いずれ
粉々になって
記憶のかけらの
集積となり
砂浜を形作る
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