ボクサーは深海で眠る/イグチユウイチ
 
フラッシュしたのは、オレンジ色。

ずるりと抜けて、ぐらりと揺れた。

痛みはまだ感じない。
きっと、それほどのスローモーション。

飲み込まれそうで、
飲み込まれたくなくて、
限りなく無力なまま。
ああ。俺は無力だ、ママ。

やがて、体を預けていたものが
リングの底だと知っても、
打ち上げられた魚のように
微かに口が動くだけ。
そしたら、そのままそっと、
ビートルズをなぞるんだ。

Love Love Love.

Love Love Love.

リングに向かう時も、
リングの上でも、
ずっと響いていたのさ。
永遠に繰り返す、このメロディ。
そんな世界に憧れていた。
憧れていたと、今、気付いた。

カウントなんて、やめてくれ。
このまま目を閉じたら、
きっと幸せになれるぜ。

ああ。
願わくば、
何も掴めなかったこの俺に、
とびきりの大きなLoveを。
そして、古代魚のような永い眠りを。
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