ひぐちさんはどこか鬼ガニの、/石川敬大
トランプやサイコロをさっと取りだす
マジックのように風景
という手ごたえのない空間をてのひらにのせて
ひぐちさんは
ほら
ここよ
この部分が大好きなの
といって頬笑む
あの手つきは
図書館の書架の奥にある果樹園から
一顆を選びとって利用者の眼前にそっと差し出すことをしていた
まだ若い司書だったときの
手つきだ
ひぐちさんは
カメレオンと雲が好きなので
世界を旅する
図書館という季節のないジャケットを着て
とおい漁村から出て岬をひとまわりした福祉バスにゆられてやってくる
だからね ねこなで声で
個性を失くしてタブレットに閉じこもった
都会のこわもての
ビルの横顔
とは相いれないのは当然なの
こまった顔のファミリーレストランの奥から
ずぶぬれの女の子をつれてくる
ひぐちさんは
かくばったものを川にながす男たちの狡さが許せないのである
だからね 苦笑いする
どこか鬼ガニのわらい顔になっているの
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