月の子供/カワグチタケシ
*
朝のメトロの構内へとつづく階段で
イヤマフをはずした瞬間に
流れこんでくる新鮮なノイズ
「あ、地球の音」と彼女は思う
落し物をしてかがみこむ人を
よけながらホームへ降りる
マスクのなかの湿った息が
くちびるを潤す
彼女は月の子供
昨夜は団地の中庭で
双眼鏡を握りしめ
月を見上げていた
ノイズの届かない薄い大気を
乾いた微細な砂粒を想う
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長靴をはいて団地の中庭に立ち
月を見上げているとまるで
魚たちが回遊する
水槽に囲まれているみたい
小さな窓のひとつひとつに
灯された小さなあかりが
うろこをひるがえして泳ぐ
魚群のようで眠たくなる
そして未明のテレグラム
朝焼けを乱反射する天気雨
ふりかえれば虹が
西の空にかかっている
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