「冷酷な都」/宇野康平
なるのだろうか。
「誰か、誰か助けてえ」
ふと気づくと、アスファルトの上で、周りを群衆に取り
囲まれていた。その目は、男を祝福などしていない。そ
の中の野球帽を被った子供が、携帯電話の画面を男に見
せる。それは世界で一番使われる動画サイトで、男がシ
ャワールームで行った一部始終が再生されていた。男が
情けない絶叫をあげるとき、群衆は耳を塞いだ。
「これは悪夢だ!覚めようとしない悪夢だ!」
叫んでも語尾がかすれ、群衆は聞き取り辛いだろう。そ
んな心配をよそに、内臓がすくっと立ち上がって昨晩食
べたカツカレーが再び世界へ戻ろうとしている。男は慌
てて、ほとんど過呼吸を起こした状態で辺りを見回す。
そこには男の母がいて、まるで他人のように男を見てい
た。
夕方、新聞の勧誘員がアパートメントを訪れ、申し訳な
いと思いながら、少し空いているドアに手をかけて様子
を覗いた。のちに、勧誘員は精神病院で後悔を語ること
になる。
《劣の足掻きより:http://mi-ni-ma-lism.seesaa.net/》
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