「冷酷な都」/宇野康平
 
り返しこの言葉を口に出す。

スクイヨウガナイ
スクイヨウガナイ
スクイヨウガナイ
スクイヨウガナイ
スクイヨウガナイ

憔悴の身の穢れは深刻さを増し、背後に負う恐怖に眠れ
ぬ夜を過ごす。自慰の進む夜、男は母の顔を思い出した。
その顔は婦人雑誌の切れ端のように曖昧で、笑顔ではな
く、まるで他人を見るような顔だった。すでに、半ば涙
を流している。使い古しのボロボロのタオルで濡れた身
体を拭いながら。吐き気と羞恥心から、痒さを増す右足
に触り、幾度も眩暈に倒れそうになりながら、寝床に入
った。階段の下のゴキブリの死骸はすでに風化していた。
心臓が痛い。私もあのようになる
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