「残考」/宇野康平
外光が入らないため暗く、吊るされたばかりの洗濯物の
せいで湿気った階段の、狭い踏面に落とした拳骨程のあ
んぱんを拾い上げて無理やり口に押し込む。一回も掃除
しない、薄く埃が積もる階段は不服そうに張られた絨毯
の毛を逆立ている。
肩を濡らす雨が降っているのに、乾燥した外気の不思議
な朝。古書街投売りの表紙カバーのない文庫本を小脇に
抱えて、いまだ修繕されない荒れた街路を目的地の無い
まま歩いている。
斜めに刺さった電柱を過ぎて、小料理屋の老主人は店周
りをただ、幾度もうろついている。通りの、客入りの僅
かな寂れたコンビニはとうに無くなり。解体後、更地と
なって晒されて、何十年ぶりかの呼吸に地面は喜びを感
じているように見えた。
《劣の足掻きより:http://mi-ni-ma-lism.seesaa.net/》
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