「披露土」/宇野康平
 
隣家の騒がしい犬も眠る夜、どこぞと知らぬ方から赤子の甲高い
鳴き声が聞こえて、消灯した部屋で体を固めながら耳を塞いだ。
模範のような鳴き声になぜか、祝福されない子のように孤独を打
ち消したいがための抵抗の響きを感じた。

ソレハムカシノハナシ

重いカーテンを開き埃が舞う部屋で、絞りきった雑巾のくたくた
としているのを眺めながら、溢れた水が赤子で、今握ってるのが
母親に見えて、はりついた鳴き声が再生される。

虚ろな夜は時の経過を感じさせないために、責苦に身を震わせな
がらぽつりぽつりと聞こえてくる子守歌は小声で、ボロボロの髪
の隙間から途絶えながら流れていた。

ソレハムカシノハナシ

僅かな記憶が枯れるときには母を思い出す 。子に吸い込まれ錆
ついた髪を、影に隠れた乳房が見せるあの日の眼を。

ソレハムカシノハナシ


《劣の足掻きより:http://mi-ni-ma-lism.seesaa.net/
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