一方井亜稀詩集『疾走光』について/葉leaf
公的に外側から要求される物語の規範に従うのではなく、むしろ詩人自身の感性の様式を公的な場に開いていき、公的な物語の場にさざ波を立てていくものであろう。
そして、物語としての歴史は、出来事をすべて、整った言語のテクストの中に織り込もうとするが、一方井の詩は、そのようなテクストの外部へともまなざしを向けていないだろうか。あるいは、一方井の詩は、それ自体がテクストであっても、テクストとして整わないことにより、その背後にある真の存在のカオスを指し示すものではないだろうか。
引用部を見てみよう。初めの連と後の連の間には、因果的であったり法則的であったり時間的であったりする関係は弱い。後の連はそれまで
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