被災地の犬 /服部 剛
僕が思春期に可愛がっていた
片瀬江ノ島駅に住む、野良猫ニャー子は
破れた恋に涙を流す学ラン姿の僕に寄り添い
顔を膝にこすりつけ
(にゃあ)と優しくひと声、鳴いた
僕と出逢う前の妻が
母の介護と仕事に追われていた頃
病の老犬クロはすくっと立って
走り出し、家の外の塀から身を捨てて
体を震わせ、世を去った
ある作家が戦後まもなく満州から去る時
連れて帰れぬ愛犬クロは二本足を揃えて
遠ざかる道で、いつまでも見送っていた
*
東日本大震災から2年以上の月日が流れ
被災地・わんニャン写真展と詩人の朗読を
皆で分かち合っている今日、無数の犬や猫達が
私達に呼びかける(わん)と(ニャン)の合唱はひそやかに
会場内に木霊(こだま)するのを、私達の心の耳は聴くでしょう
今日・今・この時も――
被災地の家が流れた更地の犬は
年老いた主人が更地の向こうから
歩いてくるのを、待っている
体の透けた二本足を揃えて
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