満月の夕(ゆうべ)/そらの珊瑚
 
そうな顔をしてくれれば良かったのに

壁には異国のタペストリーがあった
羊飼いの笛だとか
道に迷った牛だとか
年老いためんどりが星座になるだとかの
きっと何かの物語を織り込んでいるに違いない

白いチョークで描いた
二本の平行線の先に
何があったのだろうか
何か、あったのだろうか
それとも
ごつごつした二級品のアスファルトの上に
正確に真っ直ぐな線を書くことなどどだい無理な話で
(タペストリーにはもちろん描かれない類の話だが)
平行線もどきは
いずれえいえんに離れていくか
交わったあとえいえんに離れていくかだろう
いずれにしても
伝説にも神話にもならない物語だ
そこにあるのは
ふたりだけの事実だということのみだろう

それきり
沈黙した
喫茶店の中を
しみじみと流れていったのは
アン・サリーが唄う
満月の夕だった
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