香之手紙/影山影司
が、俺はどちらかと言うと母の言うことを聞いていた気がする。父は、古い男だった。長男は家を継ぐべし、守るべし……そんな考えの強い人だったのだ。裏を返せば、それ以外の家族は家長と長男を支えれば良い。言葉に出した事こそなかったが、幼いながら俺はそんな気配を感じ取っていた。
母はそれに不平を言うこともなく、俺に料理を教えこんだ。
「家にゃ女の子がおらんけんね。あんたが家の味を、お嫁さんに教えてあげるんよ」
子供の頃よく言われたことだが、当時はなんとなしに聞き流していた。
幼い時分、母や父がいなくなることなんて、想像できなかったからだ。
埃を被っていた大皿を流水で洗って、水気を払って青
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