白い林檎/済谷川蛍
 
ot;の一部分にするためだけに存在するものなんだ。少年は涙をこぼした。その場にうずくまり、笑顔が絶えなかった過去の自分と、今思えば夢のようであった色鮮やかな世界を回顧した。去来する思い出に胸を焦がしながらも、今、自分が、過去も現在も存在しない、未来の果てに至ってしまったことに、深く絶望した。少年は、白い林檎を手に取り、およそ無意識的に、自分の色白の腕と比較した。涙を流しながら、それを一口かじった。サクッと甘い食感が、彼を包み込んだ。その感動に、彼が流す涙も意味を変えた。気がつけば、白い部屋は温かい命の色に染められていた。窓が開いて、柔らかい風が流れこみ、カーテンが優しく波打ち、野鳥のさえずりを届ける。林檎は艶やかに赤く照り映え、いつのまにかドアも在った。一個の赤い林檎を手にした少年は、その目に輝く命をともして、元の世界へと帰っていった。
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