セミ/兎田 岳
 
争い合う。よっぽど純粋に生きよっぽど純粋に死んだセミを横目に。

暇を潰しながら一生を消化するしかなくなったヒトは、セミよりよっぽど娯楽的な理由でその一生を終える。しかしそれが最も自然なヒトとしての一生の過ごし方である。その摩擦に苦しみながら暇を潰すのがまたヒトである。

ヒトはセミではないから、「「無惨なセミ」の上空を通過するときにヒトが抱くべき感情」に正解はない。その最適解を自ら得ようとする姿勢のみがヒトがとるべきものである。
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