親父の遺言/そらの珊瑚
 
──わしが死んでも
  この時計は捨てんでくれよ

親父はよくそう言っていた
死んでから
それがたったひとつの
遺言らしきものだったと思い当たる

祖父がやっていた
はんこ屋の店先に置かれた
一メートルほどの大きなふりこ時計
とうに僕は
その背丈を超えてしまったけれど

手彫りのはんこ
白い象牙
煙草盆
一ミリを刻みわける印刀
真鍮のねじ
ゆっくりと時を告げる音

もう誰も見向きもしない
時代おくれのものたち
失くしたことさえ
忘れていた面影
時計の前に座っていると
たやすく時間が
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