pteron/紅月
 



未明。雨が降っている。殴り付けるような強い雨だ。風は森の木々
を蹂躙しながら北へと向かう。雨だれを引き連れて。しだいに厚い
黒雲がうっすらと明るくなっていく。森のあちこちには輪郭のぼや
けた幽霊たちが立っていて、風に逆らえず巻き上げられた彼らやた
ましい、あるいは木の葉などが夥しい数の滴と共に宙を舞っている
のが見える。地響きのような遠雷が聴こえる。獣たちは息を潜めて
いる。慟哭、殴打、示威だけが世界を支配しているように思えた。
けれどもそこではなにひとつ比喩ではなかった。嵐のさなかでわた
したちの言葉は容器として存在することができない。それは大昔か
らの約束なんだよ
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