壁の穴/……とある蛙
 
埃っぽい倉庫街の一角
赤煉瓦造りの古風な倉庫
その中で熱心に壁の穴を覗く者
それは老人だった
グレーの草臥れたジャケットを着た
老人だった
櫛の通っていない白髪の
老人だった

老人は何やらぶつぶつ言っている
老人は壁の穴を見ながらぶつぶつ言っている
壁の穴の先に何があるのかぶつぶつ言っている
壁の穴の先にはゴミ置き場がある
粗大ゴミのゴミ置き場がある
老人は穴の先のゴミ置き場を見る

ゴミ置き場には昨日まで老人が使用していた

扉に鍵のかからない洋服タンス
茶箪笥
壊れかけた小型冷蔵庫
二層式の洗濯機
ヒーター部分の壊れたテーブルこたつ
つぎはぎだらけのソファー
マットレス
白黒のカラーテレビ

がある

老人が先立たれた妻と一緒に暮らした家具類
老人はじっと見つめている
もう手に届くところにはない
想い出の公団住宅は
敷地の用途変更で取り壊されたのだ
転居先もないまま取り壊されたのだ

ゴミ置き場を眺める老人

それは老人になった自分

そして、
そこには使い古された過去が棄てられている。

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