老婆の麺麭/服部 剛
薄茶けた昭和の古書を開いて
ツルゲーネフの描く
露西亜の田舎の風景から
農民の老婆の皺くちゃな手は
搾りたてのぶどう酒が入った器と
焼き立ての丸い麺麭(パン)を
時を越え
読者の僕に、差し出した。
(見えない麺麭)を手に取った僕は
口に含み、味わい・・・
血のようなぶどう酒と共に
喉へ流しこむ――
開いた余白の頁に浮かぶ風景は
藍色の空の海に浮く、一艘の雲
しきりに尾を振る、馬のわななき
全てを見守る、背後の山々
(主よ、この手はもう何もいりません・・・)
主人公の清貧の台詞を聴いて
僕は知るだろう
もし、自らが乞食になっても
全てを胸にみたされながら
この手のひらに乗せた
(空(くう))という透き通った麺麭を――
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