詩と感傷について/まーつん
そのことをずっと考え続けて、こんな風な結論が頭に浮かんだわけですよ。
「芸術が、その創り手に努力を強いるのであれば、
それはもはや芸術とは呼べない。自由がないからだ」とね。
汗水たらして絵筆を握り、トランペットに息を吹き込み、原稿用紙にかがみこんで背中を痛めている人たちは、別に、「努力」してるわけじゃないんです。彼らを動かしているのは、将来いい思いをしたいから今辛いことを我慢する、ということではないんです。上手く言えませんが、「喜び」なんです。
そういう人たちに「もっといいやり方」を上から目線で苦言するのは、非常に下品なたとえで恐縮ですけれども、気持ちのいいセ
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