『万物理論』とsex/佐々宝砂
 
ありだ。そして、公式なパスポートの性別欄には「汎」と記載する。この人種にとって、自分の性別は男でも女でもない、中性でも両性具有でもない、「汎」なのだ。本書の解説によれば、「汎」の原語はve、所有格はvis、目的格はver、男女を問わない三人称単数代名詞として辞書にも載っているそうだが、定着した訳語はまだないらしい。「汎」って訳語もいいとは思えないのだが、だからといっていい言葉はなかなか見つからないな。考えてみれば、日本語には、性別を問わない三人称代名詞がない。日本語は英語と違って人称代名詞抜きでも文章を書けるから、今のところ私はそれほど不便を感じないけれど、日本語には私に必要な言葉が足りないんだなと気付かされた。

もしも私が『万物理論』の小説世界に生きていたら、私はきっと汎性を選んだだろう。どうしたってそうしただろう。いま可能なら、すぐにだってそうしたいくらいだ。


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