湯屋のおもひで/そらの珊瑚
空っ風の吹く夜は
別宅の湯屋のうすい硝子戸が
ぶるぶる震えて怖かった
ぼんやり灯る電球の下
木の蓋をとれば
お湯はもうもうと息を吐く
祖母は
もう、いいよ、というまで
ごつい亀の子たわしで
背中をこすってくれという
シヲレタ白い皮膚に
命がよみがえり
みるみるうちに
それは赤く染まった
空っ風の吹く夜に
なんにも持たない幼い裸の私が
ただひたすらに
もういいよ、を待っている
あれから長い時が過ぎ
大人になって
何かを得たような気になっていたが
結局のところ
私には
命の他には何もないし
何も持っては逝けないらしい
カラッカゼ ノ フク ヨル 二
今でも
もういいよ、を待っている
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