盃の音ー蕎麦屋・吾平にてー /服部 剛
 
いつか何処かで――  
あなたに逢った気がする 

あなたのお母さんと 
歌に生涯を捧げたあなたの思い出を 
初めて語り合った日の夜 

生前のあなたも来たという 
故郷・朝霞にある 
蕎麦屋・吾平の座敷にて   
向かいの空席に 
あなたの好きな熱燗を手酌した 
お猪口(ちょこ)を置いて 

互いの盃を交わす音が響いた時 
体が透きとおっている 
あなたの瞳の光が、視えたのです 

(友よ、今宵は腹を割り 
 互いの夢を語らおう――) 

(仮退院で過ごした最後の日々 
 夕暮れの散歩でからだに風を受け 
 生きるって素晴らしい・・・と思ったの) 

僕はこれから 
日々の場面をじっと透視する者となり 
風の姿で唄うあなたの想いを、あらわそう 

瞳を閉じれば、あの日――  
観客席の暗闇で、息を呑み 
無数の人が待つ方へ

自らの鼓動と重なる靴の音が響く 
細い通路の空間に 
あの舞台が見えてくる 







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