メモワール/そらの珊瑚
 
治りかけの小さな傷は
ちょっと痒くなる

我慢できなくなって
その周りをおそるおそる掻いてみたりして

治ってしまえば
こんな小さな傷のことなど
きれいさっぱり忘れてしまうだろうに

治りかけの傷は
たぶんさみしいのだ
自分の存在がやがてなくなってしまうことが

見えない傷はどうしているのだろう
身体の内部で生まれやがて消えていくそんな傷
宿主にさえ知らせることなく
未来永劫痕跡さえ発見されない
もっともっとさみしい傷

弟の手のひらに引き攣れたような傷がある
幼児の頃
母がアイロンをつけたままにして置いて
それを触って火傷した傷
弟にはその記憶はな
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