212/しべ
 


私がタンカーを見ているのだ 私の
目の前には 海原がそそり立ち
桜の 老木の 肌も露わ
ひび割れた匙で抉ると嗚咽が漏れだす
轟音はずっと工場から
朝と夕 右の煙突を光が射抜いたあたり
今は真っ暗闇な世界だが
身体を粉々にした海風に乗れば
街は焼け 私らの知る浮世は隅々まで



歩き出すにも砂利の音はあやふやで
つま先より先の光景が無いのも妙だ
錆びては朽ちる鉄鋼所の音に刻まれた
不快な耳打ちが止むと
老木は提灯や花びらや
仏と共に咲く 海が鳴る
また石段から四阿のところへ


酒を飲んだのか
寝ているのか

黒い海は痙攣する
タンカーと同じ船影に烏は呟く

黒壁に桜が ぽとり落ちる ちりちり小さな火花に赤い信号
綺麗に夜は終わろうとしている
火の粉に舞う人の姿 烏が見える

骨だけになった傘を捨てにわざわざ
歩いてここまで来た

何故ああも喧しく鳴くか
わかっているようだ



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