涙が出ないという、ただそれだけのこと/中山 マキ
産婦人科の待合室で
好奇の目で私を見たあの夫婦
神様
憎しみなんてものは一瞬で生まれる
泣きはらした私を
男に振られでもしたかと
皆は思っただろう
高円寺南口の隅で
クレープを食べながら
なんて楽しそうな10代の美しさよ
知らなかった
絶望という感情が
これほどまでに人を根底に突き落とすなんて
簡単に使っていた
悲しみ というフレーズは
あの日私から消えうせた
死刑宣告を聞かされると
分かって入る診療室の
足裏に感じた寒さ
看護師の手の温もりの
裏腹にある
慣れ
あなただけじゃないという言葉は
果たして慰めの言葉なのか
今の私は
何もない
何もなくなってしまった
私のからだの中に
存在したのは数週間
まだ色も知らないあなたのために
色鉛筆で虹を描こう
泣けないほどに悲しいなんて
そんなものはただの詭弁で
涙が出ないという
ただそれだけのこと
私は生きている
こうやって
目の前にあるチョコレートケーキに
フォークを刺している
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