僕らの昨日の可能性/中山 マキ
“昨日は確かにあった僕の可能性が
今日にはなくなってしまっているのは何故か“
そんな疑問に辿りついた時、僕は30を超えていた
おそらく優に超えている楽観は
今や脅威の何ものでもないことに
走っても間に合わない最終電車を見送る頃に
ようやく辿り着くのかもしれない
そもそも褪せて行くのは夕焼けだけではない
だからといって思い出でもない訳だけれど
人は何を感じて悲しくなるのかという哲学と
センチメンタルな気持ちに浸るだけで満足して
納得することに慣れ過ぎてしまった事だけは素直に認めるよ
結局という言葉を多用しながら
否定から入ることで身を守る癖を君は軽蔑している
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