野兎/杉菜 晃
 
   野の兎
   降る雪ものともせずに
   跳ぶ

野兎にとって
視界のきく
晴れわたった銀世界は
好ましい環境とは言えない
狐や鷲、鼬といった
天敵の眼に自分の姿を曝してしまうし
足跡も匂いも残ってしまう
こんな日は
穴に潜っているか
じっと動かずに
雪に貼り付いているしかない
野兎にとって
自由な開放感に浸れるのは
視界ゼロの凄まじく雪の降りしきる日だ
横殴りの風があってもかまわない
吹雪が目潰しになっても
天敵にとっても同じことだ
降る雪に自らの存在を打ち消し 
無い物として駆ける
あの美しい瞳をした生き物が
己をむなしくして
襲い来る降雪に身を委ねきって
生きているのだ
雪よ降れ 
じんじんと降れ
降りまくって 
小心なか弱い命を
真っ白いふくよかなベールで
覆い隠してやれ
そうやって温かくくるんで
地上の女神に捧げよ
それが天の意志を携え
舞い降りてくる雪の務めだ
雪は降る
清らかな水のように降る



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