サナトリウム(掌編小説)/そらの珊瑚
 
に小声でささやいた。そんな時、病室は暗い地下組織になった。
「白衣を着たスパイが潜入しているかもしれなくてよ」
「もしもの時はあの衝立(ついたて)の向こうに隠れよう。あの裏は隠し部屋への扉があるのさ」
 いつのまにか消毒液の匂いは硝煙のそれと化し、僕の腕時計は最新鋭の無線機になる。先日は秘密の花園に。その前は、巴里のムーランルージュだったね。
 君のことを、ひ弱だなんて思ったことは一度たりとてなかった。僕なんかより、遥かに君の心は強く、自由だ。三つ編みのジャンヌダルクよ。
 君の栗鼠のようないたずらな黒い瞳と、大きな洗いたてのシーツの羽が生えているような心を、僕は愛していたんだ。
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