酒呑説話。/愛心
 

あれは、夢か現か幻か。

風が強いあの日。

いつもと同じように帰るぼくのイアフォン越しに、
低く掠れた、重低音。

大人の男の声で何かを啜り、飲み込む音を聞いた。
何事かと周りを見渡す。

耳には切ない女性ボーカル。

ぼく、ひとり。おかしいな。

首を傾げたぼくの耳に、また。

歓喜と満足気な溜め息。
と、同時に暑い風が髪をなぶった。

まさか。ふと頭上を見上げる。

どくり。

低く流れる雨の予感。
引き摺られたようにぽかりと空いたそこから、垣間見えるのは夕刻。
朱と橙が溶けて、青から紫に色を変える空。

そこに浮かぶ、白く伸びた雲。
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