鈍色/かぐ
戦争が始まると
幸せを歌う歌を
聞かなくなった
風車を握った子供が
風の海を泳いでいた
からからと鳴る羽根が
日の光をかき乱す
冷えた大気を押し退けて
踏切に杯を掲げ
冬鳥のオーケストラと
彼らの国歌を口ずさみながら
母が口にした
彼の事は忘れなさい
それから
花瓶の水を取り替えてくれ
誰も思い出せない事を
誰も思い出せない
幸せな時代に幸福な歌を
歌った僕らはどこへも行かない
風車は遠くへ行ってしまった
踏切の上で冬鳥が咥えて
海の底に落としてしまった
波に揉まれた羽根が一枚、一枚と
飛んで散る
母は小指を立てて
知らない誰かと約束をする
春の海を泳ぐ僕らは
従わないつもりさえ、はぐらかされてしまう
波間に日の光が瞬いて
潮の揺れる音だけがする
国歌は聞こえない
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